希薄さなんてものが丁度良かったりする時代なのか、それなりに満たされて過ごしているんだなと感じる。
憂いているとか、嘆いているの類ではなく、何だか物足りなくて面白くない。
例えば、コーヒーや写真だって表面を均したら、それなりにある種の敷居の低さが親しみ易さを作る。またそれを磨けば見栄えよくなるものだ。ただ、それだけではなぜか引っかかってしまうのだ。味や香りだけ突出しているコーヒー、綺麗な写真。決して悪くないんだよな。
強いていうならいつか奪われてしまうんじゃないかと危惧する。
それじゃ何が中身のあることなのかって考えてみたものの、これだと言うものはどう言うわけか決めたくなかった。
それは自信が無いからなのか、もっと柔軟で良いと感じたいからなのか言葉を飲み込んでしまう。
ただもっと深度を欲してしまう。
紙に書いた文字のようにひととなりが溢れてくる温かさががあってもいいんじゃ無いかなって思うんだな。
コーヒーをひとくち飲んで感じる多くの情報は色々と教えてくれる。
こうなれば早いこと自分の基準をしっかりと持ち目標へすっ飛んで行った方が良いと思うこの頃。
それではまた。