終日気温が低い日だった。
どこからともなく蟻の行列がやってくる。朝は見当たらなかったのだがお昼を過ぎると急に増え始めた。困る。甘いものを求めて旅に出てきたのか、そう考えると浪漫溢れるが、やはり困る。
国内やコーヒー豆生産地へ訪ねた折、色々な国や街でコーヒーを飲みに出かけた。その度に素敵なバリスタやコーヒーに出会ってきた。美味しいコーヒーはたくさんあったが残念ながらあまりよく覚えていない。美味しかったのは事実だが、心躍るものではなかったのかと今更に思い返している。しかし、かっこいいバリスタとの出会いは鮮明に記憶に残っている。とにかくコーヒーを楽しんでいるのだ。コーヒーを通して自己表現しているように見え、コーヒー1杯を抽出するまでも期待させてくれる。
たかが1杯のコーヒーであっても、飲み手にとっては特別な1杯になるものだ。それは尊い。
そう感じさせてくれるバリスタは本当にカッコいいのだ。
ポートランドで出会ったバリスタは、最初はムスッとしていたが写真を撮って良いかと尋ねると歯に噛みながら快諾してくれ、そのまま使う豆の話をしてくれ、続けて豆の特徴やその豆を抽出するコツなどをジェスチャーを入れながら見せてくれる。私は日本でバリスタをしていると告げると、更にテンションが上がりコーヒートークに花が咲いた。私の語学能力など御構いなしだったが、不思議と伝わってくるし伝わるものだ。ただ、出来上がったエスプレッソは話に夢中になったため過抽出気味だったが私にとっては最高の1杯になっている。私は味を評価しに来たわけじゃない。彼が遠くからやってきた相手のために作ってくれたコーヒーなのだ。多少舞い上がった話になっているが、それはとても大切な要素だと考えている。彼は最後に私の名前を聞いて手を振り次のお客のコーヒーを作りに戻っていった。憧れるわ。
相手のことを考えてコーヒーを抽出し提供する難しさは、技術で計り知れない気持ちだったりするのだろう。そういう気持ちのやり取りに精一杯になれることは、なかなか出来ることではないんじゃないかな。また、そういうコーヒーにもなかなか出会えなかったりするし、タイミングもあるだろうと思う。自分の住む街にそんなバリスタがいるだけで、ほんの少し豊かな時間が過ごせると思う。そう在りたいと思っている。
そのためにも毎日のコーヒーの準備はしっかりと行いたい。
コーヒーの内々には様々な人たちの存在が見え隠れしているものなのだ。
それではまた。