日本で最も美しい村 季刊誌 秋田県東成瀬村編

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秋田県雄勝郡東成瀬村

秋田県の東南端に位置し、東は岩手県、南は宮城県に接する山間の小さな村。村の総面積約200平方キロメートルのうち、93%を山林原野が占めるのだから、学校からの風景も、宿から見える景色もほとんどが山になってしまう。村は短い秋がそろそろ終わり、冬への準備が始まるところだ。

東成瀬村に取材に行く、と決まってからいざ下調べを始めようと思ったら困ってしまった。この村の情報は市販のガイドブックに載っていない。秋田南部でもせいぜいが横手市止まりで、東成瀬村の西隣の湯沢市の温泉街が載っていればまだいいほう。村に着いて気が付いたのは、東成瀬村はひと目で把握できるような村のあり方ではないこと。人口約2800人が南北30キロに渡る細長い面積に、大きく分けて3つの集落に暮らしている。いくら小さな村といっても、これではまとまった村の景観はつくれないだろう。国定公園の栗駒山は最南にあり、村の求心力とはいえなさそうだ。しかも、東成瀬村は秋田の中でも豪雪地域であり、11月から5月ぐらいまで、およそ半年は雪に埋もれてしまう。なるほど、これはガイドブックにのらないはずである。

村にはコンビニエンスストアが1軒、売店が各集落にひとつぐらい。喫茶店も娯楽施設もない。大きな道路は村を突き抜ける一本道だけ。「無い無い尽くし」の程度は、国内のどこかの島よりも高いのかもしれない。だからこそ、村には誇れる自然がある。「夜、空の星を見てごらん。今の時期はちょうど夏の星座と冬の星座が同時に見ることができるから贅沢なんだ。天の川もくっきりと見えるはずだよ」滞在中に、同じような言葉を天体マニアではなく、普通に暮らす人たちからかけられた。東成瀬村は平成11年には「星空日本一」として環境省の認定を受けている。「星が見えるってことは、それだけ村になんもないってことだけど」と村人は笑うが、それがどれだけ貴重なことなのか。村を縦断する成瀬川の澄みきった色。光によっては青緑色に映り、キラキラと輝いていた。

森や滝もさりげなくそこにある。手すりやロープといった過剰な設備がないのがいい。何より、観光向けのうるさい看板がないのがうれしい。自然と静かに触れ合う時間が欲しくて森や川を訪れるのに、今の時代は人を自然の中にほっておいてはくれない。東成瀬村は、村長の方針で看板なども控えめにつくっているとか。ここに暮らす人だけでなく、村を訪れる人も信頼していることがこういう配慮から伝わってくる。村を訪れた日は役場の職員が自主的に花壇の清掃をしていた。村を去る朝は、おばあちゃんが道で缶拾いをしていた。たすきをかけていたから、この日が当番だったのだろう。両親は共働きがほとんどで、村の外まで働きに出る人もいる。田んぼや畑はじいちゃん、ばあちゃんの仕事。子供たちは日が暮れるまで学校へ。つつがなく一日が終わるために、ここで暮らす人々は心を遣う。美しい村は人の手で守られている。

東成瀬村の「教育力」

村には小学校、中学校がひとつずつ。そこに国内外から教育事情を学びに視察が絶えないというから驚きだ。国内でトップクラスの学力を誇る教育の現場にあるものは?

取材班が訪れたこの日、東成瀬中学校の2年生は道徳の授業を「郷土を愛する心」というテーマで私たちを迎え入れてくれた。担当は担任の長沢留美子先生。21名の生徒の席は会話がしやすいように、先生を囲んでコの字に組んであった。この日のために先生が選んだ資料は五木寛之氏の随筆『大河の一滴』より「方言は父や母からの贈り物」。九州出身の著者が上京して標準語を話すようになったが、あるときから九州の方言のイントネーションに戻すことにした、というエピソードから、日本語のもつ言葉の多様さへ話は展開していく。長沢先生はエッセイの流れをたどりながら生徒に問いかける。

「上京して、この人は自分のしゃべり方を直そうとしたでしょう? なぜだと思う?」
「田舎者だと思われたくないから」
「恥ずかしいから」
「東京の人に伝わりにくいと思ったから」

長沢先生は生徒たちの答えを次々と拾い上げていく。進んで手を挙げる生徒たちが私たちの目には新鮮に映る。たとえ先に言った人と同じ考えでも、とりあえず口に出して言おうとする姿勢が子供たちの身についているようだ。

「方言のほうがいい、と思ったのはなぜ?」
「方言のほうが温かいから」
「方言のほうが、響きが柔らかい」
「方言をしゃべると、自分がリラックスできるから」

問いかけを進めるうちに、子供たちの思考もだんだんと広がってきた様子。発言が自分だけの発想になってきている。
「方言は父や母から託された宝物だと筆者が考えるようになったのはなぜ?」という最後の質問には、

「東京にはないものだから」
「モノではないけれど、両親から受け継いだものだから」
「自分たちにしかない文化だと気が付いたから」

と活発な意見が飛び交うように。この後、プリントに「東成瀬村に私ができること」の考えを書いて授業は終了。短いながら、濃密な思考の時間であった。子供たちは筆者の気もちになって頭をめぐらせるけれども、口から出る答えは自分の考えでもある。生徒の考えがまとまるまで、じっと待っていた長沢先生も印象に残った。また、少なくとも1回は全員が自分の意見を発表するようなリズムのある授業展開もさすが。こうして、東成瀬の子どもたちは自分の頭で考えて、発表するまでの力をつけていく。

「テストで白紙を出すような子はうちの生徒にいない。」事前に話をうかがった門脇博校長先生の言葉が浮かび、納得する。実際、小学校・中学校の教室や校舎には生徒の作文や意見がたくさん貼られている。なんと中学校には、生徒が詠んだ俳句まであった。何度も読むうちに、顔を合わせていない私までその子のキャラクターをつかんだ気になってきた。これだけ生徒の表現の場があれば、生徒と先生もオープンな関係が保てるはずだ。
「ひとりの子どもにみんなで関わっていける。それが少人数教育のよさなんです」と門脇校長。この言葉に小中学校の教育が象徴されているように思う。
算数/数学・英語の授業には各クラスに先生が2人付く、朝の学習時間がある、図書コーナーの充実…など、ソフト・ハードの面でも特筆することはたくさんあるが、何よりも先生と生徒の間に温かな空気が流れていること。先生という大人への信頼の厚さが、自ずと子供たちのやる気につながるのだろう。

人は人のシャワーを浴びて成長する

「うちの子供たちは学校を休まないもの。子供たちにとって学校は来たら楽しい場所であり、満ち足りて帰ることのできる所なんだ。そこにすべてが表れていると思うよ」

と語るのは、東成瀬村教育委員会の教育長、鶴飼孝さん。少子化を見据えて、より深く村の教育に携わるようになって8年目を迎える。「私がこの村の先生方にお願いすることは、『今、5点しかとれない子がいたら、6点とれるように。2合目にいるならば、3合目に上げてもらいたい』ということ。それ以上の欲は言わないし、成績は1年間を通して伸ばしてくれればいい。先生方はそのためにあれこれ工夫してくれる。うちの先生方は見ているとたいしたもんだ、と思いますよ。少人数の学校といったって、やらなくてはいけない作業は、学校ならどこでも同じ。それなのに放課後も生徒に付き合って教えてあげていますからね」

でもね、と鶴飼さんは続ける。

「頑張れ、といっても先生に限りはありますから。そういう場合は村の行政でやる、と。あらゆる金も人も使って、子供が伸びない阻害要因を取り除く覚悟はあります」

その一例に、村が経営する学習塾がある。東成瀬村には民間の学習塾もないし、家庭教師もいない。これだけ学校が手厚く授業をしているのだから、塾は必要ないと鶴飼さんも思っていたという。何より、この村は両親が共働きという家庭が9割以上。親が仕事から戻ってから、子供を隣町の塾まで通わせるにも物理的に無理があった。「親と子供、別々にアンケートを取ったら、村に塾ができるのなら、ぜひ通わせたいと。子供たちがやりたい、というならば村は応えてあげたい。それで2008年から村の塾を始めました。中学生を対象に、土曜日を使って英語を中心に教えています。(中3は数学も)ちなみに授業料はテキスト代だけです」

こういった取り組みは、生徒の意欲を高め、自ら学習しようとする習慣にもつながっている。全国の中でも学力の高さは国内上位に入る秋田県。その中で東成瀬小学校、中学校のおのおのがつねに優秀な成績を収めている。

東成瀬小学校の近野良浩校長先生、中学校の門脇博校長先生、どちらの先生も「各家庭にある教育格差を行政が手当てをして、埋めてくれる。だから先生たちは、子供たちが喜ぶ授業を考えることだけに集中できる。先生自身も充実して教育に取り組めることが生徒の学力向上に大きく影響を与えている」と言う。村の塾はほんの一例だが、鶴飼さんをはじめ村全体で”山間の小さな学校だが、どこにも負けない教育をする”という決意が感じられた。「村だからできる、村だからやらなくてはいけない教育があると思っています。いくら少ないといっても子供たちは小中合わせて200人。それに対して、先生方は30人しかいないのが現状です。だから村のあらゆる人の力を貸りて、社会総参加の教育を行うしかない。今、ボランティアに登録している人は230人ぐらいですが、授業をしてくれる人、環境整備など必要があればタイムリーに来て対応してもらいます」

村の人たちの手を借りるのは、もうひとつ、村の教育哲学がある。
「子供たちには小さいときから人間の機微を知ってもらいたい。子供たち同士だけみれば、生まれてから中学校を卒業するまで同じ顔ぶれだから、しゃべらなくてもどういう人だかわかるのよ(笑)。でもそれでは世間に出たときに通用しないでしょう。人は人のシャワーを浴びて成長するものですから、何百人という学習集団に触れて、人間の質を高めてもらいたいんです」

これはある意味では、子供たちが学校で人間関係に行き詰らないような配慮ともいえる。「小中連携教育」の時間が1年間を通して用意されているのもそのため。小学1年生から中学3年生までペアやグループを組んでさまざまな体験をする。キバナコスモスの植栽も、鶴飼さんが力を入れていることのひとつ。土を入れ替える業者さんなどの力も借りながら、先輩・後輩が力を合わせて村の美化に取り組んでいるのだ。

「収穫した種は、小さい袋に入れて学校祭に訪れてくれた皆さんに渡しています。『命に優しい心、協力する心、奉仕の心』の3つの心を植えているんです、とメッセージを添えてね。年々、村のあちこちでキバナコスモスが増えているのが分ります。」

村を抜ける一本道にどこまでも続くキバナコスモス。明るく輝くオレンジ色が風にそよぐその姿はすくすくと育つ子供たちの成長の証のように見えた。

文:藤田優 写真:田村寛維

上記の文章は、日本で最も美しい村 編集室のHPからの抜粋になります。同行取材にて撮影した写真枠を掲載しております。全文記事をご覧になる場合には、下記リンクをご参照ください。
日本で最も美しい村 編集室

コーヒーと写真に囲まれている毎日。日本中を取材したり、海外でコーヒー豆の買い付けを行なっている。いつの日か観光したい。

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